MENU
異空間、高知
異次元の自然
豪快な料理

はじめに

旅に出発したあと・・・
「で、次はどこに行くの? 明日は何時出発??」

これ、あるあるです笑
坂本龍馬同様、土佐を脱藩した身の私ですが、これまた故郷に寄せる思いは龍馬と同じ。
今回の旅を楽しんでいただけるよう、特設HPを開設しました。

見られて困るサイトではありませんが、プライバシー保護の観点から検索エンジンで見つからない設定を行なっていますので、URLを伝えない限りは他者が閲覧することはありません。
その点はどうぞご安心下さい。

スマホでの閲覧を前提に制作しております。パソコンで閲覧した際は、レイアウトが崩れている可能性がありますので、その点はご容赦下さい。
※各画像はクリックすると拡大されます。

「まず時間ありき」ではなく、「まず楽しさありき」で行程を進めて行きたいと思いますので、最終の福山駅到着時刻以外は記載の時間は目安としてお考え下さい。
福山駅は他の予定を切り上げることがあっても、時間厳守で到着させます。

旅のしおり

4月5日(金)

22:30

集合

集合方法がお二人で違いますので、それぞれ事前にお約束の方法で、集合場所まで時間厳守で気をつけてお越し下さい。

車内では仮眠を取りながらの移動になりますので、ストレッチの効く、ゆったりめの服をお勧めします。
SAでトイレ休憩を行いますが、深夜ということもあり、お会いする方々皆さんラフな格好です。
どうぞ、車内の服装は見た目よりも機能性重視でお願いします。
翌朝、SAのトイレで着替えは可能です。

※出発後の時間ロスのため、お手洗いは済ませた上でお越し下さい。

22:40

出発

いざ、出陣!!
先発ドライバーは三恵子で、佐藤(夫)は即爆睡に入ります笑

ドライバーの眠気覚まし及び寝つけない方へ向けて、車内は映画を流して行く予定です。
足元の広い車内です。リクライニングを目一杯倒して、眠れなくても目を瞑れば・・・きっと落ちます笑

24: 00

山口県内で日付変更線 通過

4月6日(土)

1:30

広島県・宮島SA

トイレ休憩とドライバー交代

これ以降は佐藤(夫)が運転します。
三恵子はここから仮眠に入ります。

2:30

しまなみ海道に入る

本州と四国を結ぶ橋は全部で3ルートあります。
その中の一つである「しまなみ海道」は本州と四国のアクセスを重視するというよりも、離島の利便性を最大限考慮した設計になっています。

しまなみ海道が気になる・・・と思うかもしれませんが、夜間の通過であることや、翌朝、休憩場所の来島海峡SAから橋の様子を見ることができるようですので、まずは車内でゆっくりおやすみ下さい。

4:00

来島海峡SA 到着

ここで夜明けまで休憩。
実はこのSAまで一気に足を運ぶ理由がいくつかありまして、

①海の上を越える橋ですので、突発的な強風等で一時的な交通規制がかかる可能性がゼロではない。
②交通事故等の長時間通行止めリスクを考慮した際、四国入りするための迂回路が皆無に等しい。
③このSAは景色も美しく、レストランや売店が朝7時からオープンしている。

この3点を考慮しています。

7:00

起床

来島海峡SAの来島は「くるしま」と読みます。
室町時代から戦国時代にかけての長きにわたり、「海賊」がいたことで有名な地となります。
村上海賊(水軍)という名前を聞いたことがないでしょうか。
村上水軍に興味がある方はこちら

このSAで洗面と着替えを済ませ、朝食は各自で取りたいと考えています。

7:30

来島海峡SAを出発

さー!四国の観光だ!!
と言いたいところですが、「四国あるある」と言えるのが、一つ一つの目的地が離れています笑

なんと休憩場所から最初の目的地である檮原町までは2時間30分もかかります。
車内は引き続き映画等を流していきたいと思いますが、遠慮なく目を閉じて頂いて大丈夫です。

10:00

檮原町(ゆすはら ちょう)観光
隈研吾建築群・昼食

檮原町ってどんなところ?

檮原町は四国山地の中央にある町で、標高1400mの場所にあります。
私が幼少の頃は、日本最南端のスキー場(※現在は宮崎県・五ヶ瀬スキー場)として天狗高原スキー場があることくらいしかイメージがありませんでした。
同じ南国土佐でありながら、ほぼ交流の無い異国の地というイメージです。
坂本龍馬が脱藩した際、この檮原から土佐を離れたことも有名です。
そんな小さな町、檮原が全国的に一躍有名になることに。
そのきっかけとなったのが日本を代表する建築家・隈研吾でした。

隈研吾の名前を知らない人でも、JR金沢駅前の鼓門や東京五輪2020のメイン会場となった新国立競技場を設計した人だと言われると、「見たことある」という話になるかと思います。

そんな隈研吾にも無名の時代・仕事が途切れる時代があったそうです。
コンクリート建築を主としていた隈が木造建築の素晴らしさに気付き、それを足がかりに世界へと躍動していくきっかけとなった場所。
それがここ檮原町です。

この地に感謝の念を込めて設計した建築物はなんとその数6棟。
しかも、設計費用は一切受け取っていないということでさらに驚きます。
世界で最も隈研吾の建築物がある地として紹介される檮原町。
ぜひいつもと違う文化に触れて下さい。

隈研吾と言えばこれ。JR金沢駅 鼓門

隈研吾と檮原町を結びつけることとなった、ゆすはら座

なぜ隈研吾と檮原町がつながったのか。
そんな疑問があろうかと思います。
時は1990年代、バブル崩壊後の不景気で東京で仕事が無くなった隈は、知人の紹介でこの檮原町を訪れることに・・・
続きはこちら

檮原町では観光後に昼食まで取って離れようと思っています。
昼食会場はここで考えています。
乱切りの田舎そば等が有名みたいです。

農家レストラン くさぶき

12:00

檮原町出発

お次は、いの町に参ります。

13:15

いの町観光
いの町紙の博物館・仁淀川・浅尾沈下橋

高知県は昔から林業も盛んで、またそこから波及して和紙作りも重要な産業でした。
山と清流に恵まれた「伊野」は土佐和紙生産の中心的役割を果たした場所。
平成の大合併の際、町名はひらがな表記となりました。
土佐和紙の歴史に触れて頂きたいと思い、ご案内するのが「いの町紙の博物館」となります。
いの町紙の博物館についてはこちら

続いては仁淀(によど)川。
土佐和紙はこの仁淀川の水を余すところなく使って最高の和紙を作り上げてきました。
そして、博物館の前に流れている川こそが仁淀川となります。
え? 川が観光地?
ここまで読む限りではそう感じることかと思います。

高知県には日本最後の清流と呼ばれる四万十川が流れています。
これは、国が直轄管理する一級河川と呼ばれる川でありながら、全国で唯一ダムが1つも存在しません。
つまり、川を流れる水量が全く調整されていないことから、そう呼ばれています。
そんな日本最後の清流・四万十川よりも「水質が高い」とされているのが、この仁淀川です。
実はこの仁淀川の青さは独特で、「仁淀ブルー」と揶揄されます。
そんな仁淀ブルーもぜひご覧下さい。
仁淀ブルーについてはこちら

最後の3つ目が浅尾沈下橋。
高知県は台風に直撃されるなど、とても災害が多い場所です。
そんな場所を流れる仁淀川には「沈下橋」と呼ばれる橋が多数かかっています。

頻繁に洪水が起こる場所にかかる橋は簡単に流れます。
そこで、洪水時に濁流に逆らうのではなく、いっそ川の中に潜ってしまい橋を守ろうという先人の知恵(逆転の発想)で生まれた橋。
木々がひっかることを避けるため、ガードレールなどの転落防止柵が一切ありません。
今回はその中で最も有名な浅尾沈下橋を訪れたいと思います。
ぜひ、沈下橋もご覧下さい。
浅尾沈下橋についてはこちら

仁淀川は最終的に太平洋へとつながっています。
そしてその太平洋へとつながる河口の町こそが、我がふるさと・春野町となります。
本当のど田舎で当時はそれが大嫌いで、坂本龍馬を見習って私も脱藩しました笑
しかし、年を取るとそのど田舎こそ価値があったのだと思います。
元々高知市のベッドタウン的な立ち位置だった春野町。
平成の大合併で高知市に属することとなり、今では住所を見る限りでは都会ぶっています笑笑

14:00

いの町を出発

佐藤家にとっては今回の主となる目的が「帰省」でもありますので、少し実家で過ごす時間も作ろうと思っています。

これ以降は皆さんの体調や時間を見て決めたいと思いますが、時間が押しているようでしたら、先にホテルへご案内します。
チェックインしてゆっくり休まれて下さい。

お元気でかつ、春野町とやらも少し見てやるか・・・
という状態であれば、春野町にもご案内したいと思います。

前述のとおり、春野町はど田舎で何もありません。
海も山もあるという意味では、糸島っぽい感じでしょうか。
尋ねて頂くと、よくこんな「ど田舎」と「福岡」が結びついたなと思うことでしょう(^ ^)
「ザ・太平洋」という海の凄さを感じて頂けるかと思いますし、超新鮮でかつ美味な「ジャコ」の販売所もあります。
これらもお時間と体力が許す限り、ご覧いただければと思います。

16:30

ホテル 到着

まずは長旅お疲れ様でした!
ホテルで小休憩を取りましょう。

ホテルタウンセンターの情報はこちら

18:00

ホテル 出発
夕食会場の佐藤実家へ

さー、いよいよお待ちかねの夕食の時間です。
会場は佐藤の実家です。
移動時間は約20分程度。
車で向かうと私または三恵子が飲酒できないため、兄に送迎を依頼しています。
あまりお酒の飲めない人ですので、快諾をもらっています。

今回は皿鉢(さわち)料理を用意しております。
高知県では宴会のことを「お客」と言います。
つまり、「宴会=客人をもてなす」という方程式が成立しているのです。
最高の料理で旅の疲れを吹っ飛ばしましょうね!!

夕食後

佐藤家 出発

ホテルへ戻りますが、お腹に余裕がある方にぜひ食べてもらいたいものがあります。
それは餃子。
屋台餃子安兵衛の情報はこちら

夕食後に入るかい!!と突っ込まれそうですが、ホテルのすぐ近くに「秘密のケンミンshow」等、全国区のテレビで度々紹介される有名な餃子屋さんです。
話のタネに一口でも食べて頂けると嬉しいかなと思っています。
とても人気店ですので席が空いていない場合は持ち帰りもできるかと思いますので、状況次第ではテイクアウト対応でもいいかなと思っています。

以上で本日の日程は終了となります。
本当に長い1日・・・
お疲れ様でした!!!!!!

4月7日(日)

7:00

日曜市 散策
〜朝食について〜

土佐のマルシェ・日曜市。
その歴史は古く、起源は1690年、土佐藩第四代藩主・山内豊昌公が、場所と開催日を定めた日切りの定期市の開催を認めたのが始まりとされています。
4車線ある道路の2車線を潰して開催され、ホテルから徒歩3分です。

出店されているお店の数は数百とありますが、販売しているものはというと、「食べ物」「食材」「民芸品」「生活雑貨」等で、カテゴリー分けするならば十数種類程度でしょうか。
つまり、数百店舗がそれぞれ違ったものを売っている訳ではなく、同じものを販売している店が集合していると考えてもらえば良いかと思います。

ここでのおすすめは、田舎寿司と呼ばれる山の幸を使ったお寿司や、土佐名産の搾っただけの「ゆず果汁」など。

日曜市のすべての店舗を制覇せずとも、少し散策するだけでその多くを網羅できますので、ぜひ早起きして下さい。

次に朝食についてです。
ホテルのレストランでパン・スープ・飲み物程度は無料で提供されるようです。
それで済ますも良し、日曜市で食べるも良し。
これは各自お任せで大丈夫かと思います。

※昼食のうどんが11時頃とちょっと早めの昼食となります。それも踏まえた量でお願いします。

道路の中央線が見えます。

田舎寿司とは、魚を使わない寿司のことです。

8:30

ホテル 出発
遅くとも9時には出ます。

いよいよ土佐の地を離れて讃岐の国へ向かいます。
そう、重要目的地の一つである、「日の出製麺所」です。
まず、日の出製麺所について簡単に説明します。

その名の通り、本業は製麺所です。
つまり、いわゆる飲食店のうどん屋さんではありません。
もちろん、現在もそうです。

日の出製麺所で作る麺は、地元では以前よりとても評価が高かったそうです。
この製麺所の近くには高校があり、そこに通う高校生が「ここ(製麺所)で食べれませんか」と申し出たことが提供のきっかけだとか。
そこで、製麺所の一部分を飲食スペースとして開放し、12-13時の時間限定で提供するようになったそうです。
提供時間は今でも変わらず、しかも「売り切れごめん」ではなく、この時間にお越し頂ければ、必ず全員に提供しますというスタンスらしいです。

ただ、最初の100食程度はご当地小麦の「さぬきの夢」を使用していますので、その味はまた格別。
この100食にありつきたいために、早く出発したいと考えています。

日の出製麺所のHPはこちら

10:00

日の出製麺所 到着

12-13時しかオープンしないのに10時到着?
まずはそう感じたかと思います。
もちろん、大混雑するので早く到着することも理由の一つですが、日の出製麺所はお客様ファーストです。

あまりにも長蛇の列となりますので、準備が出来次第お店は開きます。
過去の経験上、11時頃には案内が始まります。
よって、実際の営業時間は2時間といったところでしょうか。
また、すでにお土産コーナーはオープンしており、列に並んでいる間に買い物は済ませたいと思います。

11:00

実食

当日の説明で勘違いするといけませんので、日の出製麺所のルールを説明します。

列に並んでいる間にオーダーを取りに来てくれますが、その際に「麺の玉数」と「麺の温かさ」を聞かれます。
この部分はしっかり予習しないと最初は頭の中に???状態です。

まず、麺の玉数ですが、福岡を基準で考えると1玉は約8割程度でしょうか。すこし少ない感じです。
うどんは消化の良い食べ物ですので、少し多めに食べてもいいかもです。
私は3玉が標準で、うちの子どもは4玉行きます。

参考までに、うどん屋をハシゴする方も結構いるようで、そんな方は1玉の1択みたいです。

次に麺の温かさですが、どんぶりの中は麺だけの状態で提供されます。
つまり、「具材が乗っていない・スープもかかっていない」茹でた麺だけが器に入って届きます。
その際の麺のコンディションはどんな状態がいいですか?という意味です。
温かいつゆをかけたいのであれば、「温かい」を選ぶでしょうし、冷たいうどんがいいなら「冷たい」を選ぶかと思います。
ところが!!
なんと、「ぬるい」という選択肢があります。
最初はなんじゃそりゃと思いましたが、これが意外といける。
温かいスープをかける場合は、結果的にとても食べやすい温度になりますので、最近の佐藤家はこればかりです。
結構おすすめめです。

次に着席後の説明です。
「麺○玉、ぬるいの方〜」という感じで呼ばれますので、サクッと手を上げて下さい。
その際に、自分の前後の人がどんな人か程度は覚えておいた方がいいと思います。
ボサーっと並んでいると自分の前後の人が誰なのかわからず、結果、手を挙げるタイミングを失いますので、並んでいる際は集中力をあげましょう笑
精算まで含めて全て自己申告制のお店ですので、黙っていると順番を抜かされることもあります。
誰も悪気は無いと思いますが・・・

さて、無事にうどんが到着したら、つゆと必要に応じてトッピングを選びましょう。
もちろん完全セルフとなり、全て机の上に並んでいます。
まず「つゆ」ですが2種類あり、麦茶等を入れるのに適しそうな容器に入った「冷たいつゆ」と、ポットに入った「温かいつゆ」のいずれか好みでかけます。
極論を言えば、冷たい麺を頼み、温かいつゆをかけるという選択肢も可能です。

揚げ物やお揚げ等のトッピングも机の上にありますので、お好みでどうぞ。

ネギは根元がラップで巻かれて束ねられており、そこを掴んでハサミを使って必要量を切って入れます。

さー、いよいよ実食です。

食後の精算ですが、グループ単位ではなく、個人ごとの完全自己申告制。
伝票すら持ってきません。
「○玉と丸天1枚」みたいな感じで伝え、各自でお金を払って退店します。
入店から退店まで数分といった感じですね。

食後

坂出駅

楽しかった四国の地を後にしますが、最後はアトラクションでいかがでしょうか。
瀬戸大橋を列車で渡って下さい。
先頭車両からの眺望は最高です。

日の出製麺所と坂出駅は車で3分。
車は佐藤が岡山まで回送します。

列車の詳細ですが、毎時24・54分出発で運賃は640円となります。

順当に行けば、11:54の列車に乗車できると考えています。

12:10

児島駅 出発

全員参加の前提で以下はご覧下さい。
もし直帰される場合は、この列車内でお別れとなります。


車は回送しますので、この駅で合流。
ここからはガイドの予約や帰りの新幹線の関係で、少しピッチを上げて行きます。

高速道路経由で吹屋へ

13:30

吹屋ふるさと村 到着

江戸〜明治時代にかけて、国内屈指の赤色顔料・弁柄(べんがら)の生産地として、また日本三大銅山の一つとして銅生産で繁栄した鉱山の町・吹屋。

吹屋で生産された弁柄は全国に流通し、社寺などの建築や九谷焼・伊万里焼や輪島塗等、日本を代表する工芸品を鮮やかに彩り、やがて日本のイメージカラーである「ジャパンレッド(=日の丸の赤色)」発祥の地と呼ばれるようになったそうです。
富を得た商人たちは家々をジャパンレッドで飾り、現在も往年の繁栄をしのばせている場所でもあります。

余談ですが、複数の映画ロケ地としても有名で、特にこの地で群を抜いて富を築き上げた広兼家の旧広兼家邸宅は、「八つ墓村」のロケで使用されたそうです。

吹屋観光は現地ガイドさんをお願いした方がよいと考え、2時間コースでお願いしています。
本当はゆっくり見た方がいいと思いますが、新幹線の時間もあり、早足での見学。
今回は吹屋入門編ということで、ご理解下さい。

ここでの滞在時間は、ガイドさん案内2時間+予備時間45分。

この予備時間は万が一吹屋に到着が遅れたことも考慮して確保しています。
全てスムーズに行くようでしたら、45分はボーナスということで、吹屋を少し追加で回ってみましょう。

ジャパンレッドの街並み

旧広兼邸(八つ墓村ロケ地)

16:15

吹屋ふるさと村 出発

何があろうともこの時間に出発。

楽しかった旅もいよいよ帰路へ。
最後に思い出話に花を咲かせながら、福山駅に向かいましょう。

17:45

JR福山駅 到着

皆さん、本当にお疲れ様でした。
ここで解散となります。
万が一のことを考え、新幹線は18時30分頃を手配して下さい。

ネット予約の場合、発券さえしなければ前の便に振り替えすることも可能なチケットが多いかと思います。
その点も考慮して頂くと良いのでは・・・と考えています。

家に帰るまでが旅行です。
また次回!
本当にお疲れ様でした!!